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名古屋高等裁判所 平成5年(ラ)112号 決定

抗告人

甲野海運株式会社

右代表者代表取締役

乙川一郎

右代理人弁護士

石田新一

主文

本件抗告を棄却する。

理由

一  抗告人の抗告の趣旨及び理由は、別紙抗告状のとおりである。

二  当裁判所の判断

本件は、抗告人が名古屋地方裁判所平成五年(コ)第七号和議申立事件(以下「本件和議事件」という。)についてした謄写申請が拒否されたため、裁判所書記官の右拒否処分(以下「原処分」という。)の取消と右記録の謄写を許すことを求めた事案である。原審は、右申立を却下した。

1  和議事件記録の閲覧謄写に関する定めを通覧すると、① まず、和議法一一条二項は、和議手続に関しては別段の定めがないときは民訴法を準用すると規定し、② 民訴法一五一条は、何人も訴訟記録の閲覧を請求することができるのが原則であるとし、また、当事者及び利害関係を疎明した第三者は記録の謄写をも請求することができると規定しているが、③ 一方、和議法は三〇条に和議事件記録のうち和議開始申立に関する書類及び整理委員の調査書類と意見書を利害関係人の閲覧に供するため裁判所に備えおくことを要すると規定しながら、記録の謄写に関する規定を欠いている。

右のように、(一) 民事訴訟手続においては訴訟記録を何人も閲覧できるのが原則であるのに対し、和議手続においては事件記録閲覧権利者の範囲を利害関係人に限定し(なお、民事訴訟手続においては訴訟記録の謄写まで利害関係人が請求できるものとされている。)、(二) しかも、和議法においては、閲覧できる書類の範囲も事件記録の一部に限定されているうえ、記録の謄写についての規定を欠いているところ、民事訴訟記録と和議事件記録との間で右のような異なる扱いがされている趣旨は、後記2のような考慮に出たものと考えることができるので、その定めは、和議事件記録の閲覧謄写に関し和議法一一条二項にいう別段の定めにあたるものというべきである。したがって、抗告人の主張のうち本件において民訴法一五一条三項が全面的に準用されることを前提とする部分は、失当である。

2  もっとも、抗告人の主張には、民訴法一五一条三項の趣旨に照らせば和議事件記録の一部について抗告人に謄写請求権が認められるべきであるとの主張も含まれているので、以下この点について検討する。

そこで、和議手続の性質と事柄の性質に由来する謄写請求権の範囲を検討するに、(一) 和議手続は、非訟事件であって手続の公開を予定していないから、その性質上記録の閲覧謄写が当然に認められるものではなく(したがって、憲法八二条を根拠として利害関係人に謄写請求権があるとする所論は、その前提を欠くものである。)、(二) 殊に、本件のように和議開始決定前の段階においては、和議申立書に記載された和議申立人の資産内容の明細や債権者・債務者の氏名(和議法一三条二項参照)、債権者・従業員等の意向聴取書の内容などが関係者に判明すれば和議手続の進行上不当な結果をもたらす可能性があることは明らかである。当裁判所は、右のような本件和議事件の性質と現状、及び和議法の前記関係規定の文言と趣旨に照らし、民訴法一五一条の趣旨が和議手続につき考慮されるとしても、和議開始決定前の段階における和議事件記録の謄写を拒否することは右(一)、(二)の考慮に由来する合理的なものであって原処分には違法はないものと考える。抗告人の指摘する必要性を考慮しても、右判断を動かすことはできず、右所論も採用することはできない。

よって、原決定は相当であって、本件抗告は理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 横畠典夫 裁判官 菅英昇 裁判官 園部秀穂)

別紙抗告状

原決定主文

本件異議申立を却下する。

抗告の趣旨

一、原決定を取り消す。

二、名古屋地方裁判所平成五年(コ)第七号和議申立事件について、同年七月七日同裁判所書記官丙山春夫のなした申立人の右事件についての記録の謄写申請を拒否した処分を取り消す。

三、右丙山書記官は、申立人の右謄写申請を許さなければならない。(第二項につき予備的申立の趣旨)

右丙山書記官は、申立人の右謄写申請中和議申立書及び右申立書に添付されている債権者一覧表の謄写を許さなければならない。

抗告理由

一、抗告人の抗告理由は左記の主張する外原異議申立書記載の通りである。

二、原決定の理由は、民訴法第一五一条及び和議法第一一条二項の解釈を誤り、裁判の公開に関する憲法八二条に違背した決定である。

三、なお、原決定の理由によれば、和議手続の非公開の理由を和議申立人及び利害関係人である債権者、債務者の利益(右申立人らの資産状況や取引内容を他に知られたくない利益)の保護をあげているが、反面右決定は一定(その内容は何ら判示していないが)記録の閲覧は許される、としており右和議申立人らの利益保護の為の非公開性の判示と矛盾している。

四、また、申立人は債権者として右和議申立に伴う保全処分の効力を直接受けるものであり、右裁判がなされた理由となる申立記録の謄写を許さないとすることは右債権者に不利益な処分をしておきながらその理由の開示を拒むことと同一である。

五、たしかに、破産申立事件の場合には、宣告前にその申立人の資産内容等が判明すれば、債権者による駆け込み的資産奪取等の行為が行われ易く破産裁判所や破産管理人による公平且つ平等な資産配分に危険が生じることがあるが、和議申立の場合には右申立が破産手続に移行しない限り右申立人は通常の事業経営は継続できるのであるからそれにより右和議手続が混乱する可能性はない。

六、また、異議申立書でも主張したが、通常右申立があるとその決定前に整理要員から右申立について債権者に対する意見陳述が求められるのが常であり、その際債権者として右和議申立の実情を正確に知って右意見陳述をするのが債権者の義務でもあり権利でもある。正確な実情を知ることを許さないというのは債権者に無責任な陳述を整理要員を通じて裁判所にもすることになり到底和議法がそのようなことを許しているとは思われない、だからこそ和議法は民訴法第一五一条三項を無条件に準用したのである。

裁判所の行う書記官研修においても民商事非訟事件の記録の謄写が認められている。

更に、原裁判所は、非訟手続を理由に申立人の本件謄写申請の拒否処分を適法とするが、非訟事件手続法には原決定を是認できる旨の規定(家事審判規則第一二条参照)は何ら見当らず、右書記官の右拒否処分は不当違法であることは明らかである。

七、(予備的請求の趣旨)

仮に、右申立の全記録の謄写が認められないとしても、申立書等の謄写を許すことによって和議債権者と和議申立人等に対する保護要請との調和をはかるべきである。

平成五年八月一一日

抗告人代理人

辯護士 石田新一

名古屋高等裁判所 御中

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